宣伝もSNSも難しい、が、なんかちょっとおかしい。

多くのビジネスパーソンが利用する国内最大級の某駅構内の多数のデジタルサイネージ(ディスプレイ)を使った、某企業の広告がSNSを中心に炎上してまい、わずか1日半で掲載終了となったことが話題になりました。

広告のメインコピー(メッセージ)が多くの反感をかってしまった、ということと、その広告をアピールするために行ったSNSへの投稿(投稿に使用した画像)の視覚効果が思いっきり裏目に出てしまった、ということが原因のようです。

敢えてどのようなコピーだったのか、どのような画像だったのかはここには掲載しませんが(検索すればすぐ見つかるとは思います)、見る人によっては特に何の問題も感じないかもしれません。

一方で、メッセージや、そのメッセージがいくつも並んで表示される視覚的なインパクトは、下手すると「最後の一押し」にもなりかねない、ある意味危険なメッセージだ、と批判的に捉えた人もいたようです(確かに投稿された画像だけなら、私もゾワっとしてしまいました)。

実際に駅でその広告を見た人からの批判ではなく、広告主がSNSで画像付きの投稿をしたところ、その画像のビジュアル的なインパクトに対して批判する人が現れ、その「批判投稿」が注目され、まとめサイトやニュース等に取り上げられ、騒ぎが大きくなって、結局広告取り下げ&広告主の謝罪という流れになってしまいました。

広告自体は静止画ではなく、問題になったインパクトのあるキャッチコピーの大写しも数秒程度。そもそも広告自体が数分間に1回映されるようなものであり、実際に表示されている様子はSNSに投稿された画像ほどのインパクトはないように思われます。

ここまで大騒ぎするようなことだったのか?と言われれば、そんなことはないような気がします。

情報の「一部」のみを見て(知って)、批判する人が多い(単にネタにしただけという気もしますが)こと、そういったSNSを中心とした「ネットの声」に企業やニュース、著名人がやや過剰に反応してしまうことが、ここ数年本当に多いです。

  

何かを行う場合は、そんな状況を踏まえたうえで、どのようなリスクがあるのか、そのリスクが現実に起きた場合に耐えられるのか、そのリスクを低減するためにどのような対策を実施するのか、もう少しシンプルに言うと、「このようなリスクも想定されるけど、それでもこれをやりますか?」という事前の検証や話し合いが何よりも大切になってきます。

リスクの最大値がとても許容できないものであれば、そもそもそれをやることを「やめる」という決断も必要になります。

かといって、起こるか起こらないかわからない、不確定なリスクを理由に様々な活動をやめてしまう、縮小する、当たり障りのないものにする、では享受できるかもしれないメリットも小さくなる、または、まったくメリットがなくなってしまいます。

ちょっとしたことが思いもよらぬ騒動(炎上)になりやすい今の世の中で、そのあたりをどう判断するのかはとても難しいことだな、と思います。

  

余談ですが、問題となった広告にちなんで……

内閣府の実施した2019年の世論調査によると、「生きがいをみつけるために働く」人は多くの年代で1割程度と少数で、単に「お金のために働く」という人があらゆる世代で過半数を超えています(20代から40代では約7割がお金のためと回答)。

また、「楽しくてやりがいのある仕事ができる企業=ブラック企業」というふうにとらえている人も一定数いるようです。やりがい搾取、文化祭・サークルのノリで無茶ばかり、コンプライアンスなんて二の次……等、自由に(勢いまかせで)仕事ができるのは楽しいかもしれませんが、良くも悪くも何でもあり、ということにもなりかねないので、この考え方もあながち的外れとも言えないような……

問題となった広告は、そういうことが言いたいのではなくて、「楽しいと思える仕事が増えれば世の中がもっとよくなるはず」的な、とてもシンプルなメッセージだったようですが、その一部が切り取られて問題になるということは、世論調査通り「仕事はやりがいがあって楽しものだ」なんて価値観を押し付けないでくれ!と思う人が多いのだろうなと思いますし、その気持ちはわからなくはないです。

とはいえ、もう少し他者に対して寛容な世の中であってもよいのにな、と思います。

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