SNSに触れることが多くなり、実に多くの人の投稿を目にする。そして投稿を見ながら「へぇー」「なるほど」と感心してばかり。感心という情報のシャワーを浴びている感じかな。ところでSNSがない時代は、いろんな意見を聞く場は意外に少なかったと思う。
新聞や雑誌に目を通すか、また本を買って読むぐらいか。
新聞、雑誌はある程度の人が目を通すから、情報の差がつくとすれば本を買って読むぐらい。だから情報量にそれほど大きな差がなかったのではないかなと。
しかし、今はSNSをチェックすれば
フェイスブックでは「どんな学びをしているか」「どんな行動しているから」はたまた「どんな考えか」を知ることができる。
➡ ツイッターに至っては端的にその人の考えていることが分かる。
➡ インスタグラムでは、その人の感性がわかる。
➡ ブログに至っては専門的なことや深掘りした内容が多いから、ビジネスに生かせることも多い。
つまりこれだけ多くの情報が手に入るわけだ。そしてそれを見ながら参考になる部分を真似していけば、自身の引き出しがあっという間に多くなる。もちろんただの真似ではなく自分スタイルにしなくてはいけないけどね。
僕のような頭の固い年齢では、触れることで頭の老化を防ぐのにちょうど良いのかもしれないなとおもう。特に一回り若い年代の人の投稿は、自身の感性にはないものが多い。
😮 えーっ、こんな思考があるんだ!
😯 こういうリアクションするんだぁ。
😕 こういた発信が新たなビジネスを生むんだぁ。
てね。よく
😥 あの人だからできるんだ
😐 あの人だから成果が出せるんだ
😡 あの人は特別だ
という人がいる。確かに「あの人」という理由は大きいし否定はしない。でも「あの人」も最初は何もやってなかったはず。動いたから今がある。だからまったく同じ事をやる必要はない。良いと思って真似をして、それが続いていけば自分スタイルになるのだから。
いけないのは、何も動かないことだ。
成功事例や、成果が上がっている人の行動がわかる時代だから、その情報に触れたのなら、まずは自分なりに動いてみることだと。
もちろん、そんなことをしなくてもいい人はやらなくてもいい。それで仕事が順調ならやる必要はないよね。で・・・こんなブログがあった。確かに・・・と思っている。
でも弊社はそんなわけにはいきません。やらないと独自化につながっていかないので。
といいつつ、発信内容や発信の仕方、リアクションは「やっぱりトノ(自分のニックネーム)固いねぇ」と言われる。どうもこれが自分の個性の様で、自分の独自化なのかも。でも懲りずにこれからも…です。
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