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すべてが不幸

自動車は現代の我々の生活にはなくてはならないものです。しかしこの便利な乗り物もひとつ間違えると凶器になる…誰もが認識していますが、しかし自分がその当事者になってしまうとは思っていません。
昨日の京都でのてんかんによる暴走運転の当事者もまさか自分が・・・と思っていなかったでしょう。運転していた家族はすでに運転を中止するように伝えていたとか。しかし人はどこかで「自分だけは…」という気持ちがあるようです。
その一つが免許更新の自己申告、今回も免許更新時に自己申告をしなかったといいます。申告すれば免許が更新できない事を十分に認識していたという事。そしてそこには決して運転中に発作は起きない「だろう」・・・という思いがあったと推察されます。
運転中に発作が起きるというのはどんな感じなのでしょうか。昨日の報道を見る限り自動車に追突し、猛スピードで人をはねたといいます。その間きっとその間本人は自覚がなかったのだと思います。自覚がない人の運転する車・・・この瞬間に凶器に変わってしまいます。
てんかんによる事故が後を絶ちません。こういった事故が続くとてんかんに対する偏見が出るのも残念な事だと思います。
亡くなられた方の中には子供さんが生まれたばかりの人、ご夫婦で観光を楽しんでいた方など…。それぞれの人生を歩まれていた一瞬にその状況が変わってしまいました。「私はこれからどうすればいいのでしょうか」とご主人を亡くされた奥さまの言葉が印象的でした。
事故現場を移すニュースの中で桜がきれいに散っていました。事故の悲惨さと対照的な事故の映像。事故で亡くなった方も、そして加害者の家族の方も、そして社員として雇用していた会社もすべてが不幸の今回の事故。
自分だけは・・・「ない」ではなく「ありうる」と思う事だと思います。少なくとも機械を操作する事に関わる病気に対しては慎重に対応すべきだと。そしてあらためて自動車の怖さを実感します。当たり前ですが、安全運転に心掛けようと。


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